2026.10.16
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独身50代狂う説。

こんにちは。
かずみん先生よ。
先日、SNSに以下の記事が流れてきました。
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50代独身女性のリアルな言葉。
「何もない苦しみがすごい出てきて……」
これ、訪問診療をしていると60代、70代の人からもリアルに結構聞くんだよな……。
もちろん独身でも幸せな人はいる。
ただ、年齢を重ねてから感じる「何もない」という苦しさは、想像以上に深いものがあると思う。
(引用)
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((うーん、、、なんだか、、深いですねぇ))
これに対して、
メンタルの専門家アカウントたちが「自分で選んだ道について今更苦しいとか言われても、、」みたいな発言している件で賑わっていたんでですが、どう思いますか?
今はまだ30代の人は50代を先の先のことにように思えて「そんな先のことは予想ができないし、そこに行くまでにはなんとかなったり、諦めがつくだろう」的に思っている場合もあるだろうし、
40代で趣味に忙しい人なんかは「自分はそうはならない!だってやりたいことも楽しいこともたくさんあるもん!!」と思っているかもしれません。
ヒビコイとしては恋愛屋さんではありますが、
恋愛はやはり、向き不向きというか「贅沢なもの」である、とは思います。
だって、他人様を自分の人生と自分のこれまでの業に巻き込むわけですから。
だから、「恋愛」も「結婚」も贅沢であると共に、罪深いよな。とも思います。
故に、
恋愛をしなくても「自分の人生に恋をする」。
それこそがベストであると思っております。
ではなぜ、
年齢が落ち着いてこそ、苦しみが出てきてしまったり、「独身50代狂う」だなんて声が出ているのか。
その答えはとてもシンプルです。
まず最初に、こうなってしまうのは性別は関係ないし
結婚しているかどうか、
恋愛をしているかどうか、
お子さんがいるかどうか、は関係ありません。
恋愛結婚をして、
子宝に恵まれ、
持ち家があって、
多くはなくとも自分で自由に使えるお金も時間も体力だってある。
そんな生活基盤があったとて「苦しい、、辛い、、虚しい、、、」としんどくなることは多くあります。
では、その理由は一体なんなのか。
どうして、年齢が落ち着いてこそ、発症してしまうのか?というと
年齢が落ち着いてくる時期と「見えなくしてくれていたものが遠ざかる時期」が一致しているからです。
この「見えなくしてくれていたもの」とは
例えば、やりがいのあるお仕事であったり
例えば、休日だとか長期休暇などの「大きな気分転換」。
例えば、お子さん。
例えば、ペット。
例えば、仲間との集まり。
例えば、推し。
こんなものです。
これらがなんらかの理由で離れてしまうと「これまで見えなくしてくれていたもの」がない状態になるので、
元々その人が抱えていたものが表面化してきます。
その後の多くの行き着く先は、
「何もかもが無意味に思える」だとか、
「むなしい、満たされない」
「楽しいことが何もない」
「毎日がただただ辛い」
「しんどいことだけはわかる」
「もう楽しいことは全部終わってしまった、、」と感じる虚無状態です。
これに襲われてしまうと
何をしたって面白くないどころかそもそも何もやる気が起きなかったり、自分の扱いが雑になったり、他人が楽しそうにしていることに悲しくなったり絶望したり苛立ちを感じたりと感情が修羅へと転がり落ちていくんですが、
何が表面化してきたのかというと、ひとつは「これまで自分が正しいと思って築き上げてきた現実」です。
ここに誇りや達成感、充足感があれば人は病みません。
しかし、「自分自身が正しいと思って築き上げてきた現実」の答え合わせとしてそこに不満足があると、途端に人は崩れます。
『なんでなんだ。』と。
自分はこれまで一生懸命生きてきた。
真面目に、慎ましく、人に迷惑をかけないように、生きてきた。
仕事も頑張ったし、プライベートだって頑張った。
なのにどうして「これ(この現実)なんだ」と、この結果(現実)に強く絶望するんですよね。
「自分のこれまでの献身(人生)はなんだったのだ」と。
で、
悲しんだり
場合によっては酷く世の中や特定の人に恨みを持ったりもするんですが、
どうしてこうなってしまうの?というと「自分」を生きてこなかったからです。
頭がいい人ほどやってしまいがちですが、
「褒められる自分」
「良い自分」
「親の期待に応えたい自分」
「周りをがっかりさせたくない自分」
「認められたい自分」で生きていると
中年期以降、ほぼ確実に崩れます。
仕事をがんばった。
子育てをがんばった。
これらはとても素晴らしいことですが、
「だからあなたの人生が”あなたにとって良くなるか?”」は別問題です。
変な話、
自分を後回しにさえすれば好きな人から愛され続けるか?というと、そうではないように
あなたがお仕事や子育てを頑張ったとしても、だから「あなた自身が満たされるか?」というと、それは違う。
あなたが「よかれ」と思っていたことは
「いっときの延命」の連続であっただけなのかもしれません。
どうですか?
今はまだ余裕がある人こそ、今、考えてほしい。
あなたの生き方は「生きている」と言える過ごし方をできていますか?
あなたは今、それなりにやりたいことを出来る環境にあるかもしれません。
でもそのやりたいことって、その背景に何がありますか?
例えば、
「美味しいお菓子を食べたい」とする。
それでいざ美味しいお菓子を食べるとその時には満足できますが、それって一体今まで数え切れないくらい繰り返して、
一体何回が思い出すだけで生きる意欲が湧いてくるような価値がありますか?
ここでも多くの人が「その時は満足できたけど、次の瞬間にはもうそれは通り過ぎてしまう」状態かと思います。
我々の人生において必要であるのは
思い出すだけで生きる価値が湧いてくるような記憶であったり、体験だし、
それにたどり着くためには自身の「アイデンティティ」が欠かせません。
先日、アイデンティティがない人はもれなく異性運がないし、異性からまともに相手にされないよーというお話を書きましたが、
アイデンティティがないとは他人はもちろんのこと、「自分自身」からも低く見積もられているので
どうしたって優先することを間違えます。(その時には延命できたことに気を取られて、間違えていることにすら気がつけないけれど)。
しかし、人のすごいところって
何歳からでも「生き直す」ことが出来ることと
いつだって遅すぎる、ということがないことです。
今これに気がつけた人はラッキーです。
世の中には80歳でもパーソナルジム(しかもゴリゴリの体育会系)に通っている人もいるし
親の介護が終わった70代から自分一人のためにお家を建てる人もいるし
50代で初の恋人ができた人。
60代で初めての結婚をする人もいます。
40代だからもう無理。とか
もう50代だし、、ではないんです。
そう言い訳をして、「酸っぱい葡萄」根性で生きるから、色々おかしくなってしまうんです。
自分で自分を大切にする、とは、ダイエットをしなくちゃいけないにも関わらず「食べたいから」「好きだから」と毎日牛丼を食べることではないし、
「こんな自分を見られたくないから」と言いつつ、「食べたいから」「好きだから」と毎日牛丼を食べている自分を擁護することではありません。
自分を大切にする、とは
自分の欲や怖さを捨て、自分を律することです。
自分自身を自分のために正しくコントロールできてこそ、やっと人生の主導権を握ることが叶います。
さぁ、あなたの人生を生きましょう!
「50代狂う説ぅ????」
中年期こそ、開花の時!
50代こそ楽しい楽しい第一歩です!!
大人の力を今こそ発揮しましょう!💪
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